当法人のメンバーが日常のふとした一コマや、視察・訪問先でのエピソード等を定期的に更新します。このページには最新のコラムのみが掲載されますので、 過去のコラムにつきましては、 研究員コラムのページ でご覧ください。
パソコンと毛糸の手編み
実家の居間の堀炬燵で、私は古いパソコンを少しずつ整理している。整理されないまま残っていた17、18年前からの資料を、フォルダを新設してテーマごとに分けながら、折にふれて拙稿を書き進めている。
隣のソファでは、90歳を過ぎた母が、膝掛けやベッドカバー、座布団カバーなどの作品を、思い思いの毛糸で手編みしている。少し手を休めては、妹たちが送ってくれた松本清張や森村誠二、東野圭吾、西村京太郎、内田康夫、赤川次郎、夏樹静子、山村美紗、鮎川哲也といった作家の推理小説を手に取ったり、時には昼寝をしながら、静かな時間を過ごしている。
2015年4月に41年間続けた教員生活に休止符を打った。それ以来、2か月に1週間ほど、弟と交代しながら四国・観音寺市の実家へ戻り、独り暮らしの母の見守りをしている。
実家は農家であったが、残っている田んぼは農業委員を介して耕作していただいているので、私の役目は、食品の買い出し、庭の草取りや剪定、そして少し広い墓所の草刈りといった、日々のこまごまとした手入れである。
梅雨どきからお盆の頃までは気が抜けないが、秋祭りが過ぎる頃になると、私はパソコン、母は毛糸の手編み、それぞれの作業に向かうのが、いつもの風景である。私のちょっとした楽しみは、折を見て亡き父が残した近隣の灌漑施設を訪れることだ。近いところは自転車で、遠いところは、幼い頃から従妹付き合いをしてきた同じ年の哲司君に車を出してもらっている。
パソコンには、忙しさに追われてそのままになっていた資料やデータが少なくない。論文や解説などの作成と査読に対応するのが手一杯で、採用しなかったものが残っているのだ。改めて見直してみると、それらを組み合わせることで、再び論文や解説として形にできそうである。実は、教員生活の終わり頃に、20年ほど前からの実験データを見直して、4編の原稿を作成しJCI会誌のテクニカルレポートとして掲載して頂いたことがある。いわば、もう一度「柳の下のどじょう」を密かに狙っているのだ。実験データや資料だけでなく、各地を訪ねた際に入手した案内や写真を用いた原稿なども、できれば雑誌などに掲載して頂きたいなどと思っていたりする。![]()
考えてみると、私が今まで多くの論文や解説を作成してきたように、母もまた、長い間にたくさんの作品を編んできた。母の手編みのセーターやカーディガンは、4人の子どもたちにも好評で、私も家内もそれぞれ7~8着を愛用している。近所の方や親戚にも喜ばれ、その手間賃の恩恵には、子どもや孫たちまでちゃっかりあずかっていた。いまは介護2級の認定を受けているので、セーターのような複雑なものは難しくなったが、簡単なカバーや敷物のようなものなら、器用に針を動かし、瞬く間に作り上げてしまう。15センチほどに編んだ、さまざまな材質と色合いのピースをつなぎ合わせていく様子を見ていると、母は小さく口笛を吹きながら、なんとも楽しそうである。
この毛糸の手編みの時間が、これからもできるだけ長く続いてほしい。そんなことを願いながら、私はときおりパソコンの手を休めて、母の編み針の動きを眺めている。
2015年11月、香川県観音寺市の実家に於いて
(理事長 辻 幸和)
